永遠の夜

 一人の夜は寂しい。
 毎日のこととは言え、塵に覆われ月明かりもない真っ暗な夜は特に孤独が身に染みる。みんなが怖がる地上の毒よりもよっぽど、夜の孤独の方が僕にとっては苦しい。まぁ、僕にはその毒素は効かないから本当にどっちが苦しいかは知らないけど。死なない分、僕の方が本当は楽なのかもしれない。空けない夜は無いとフリックは言う。トモはいつもまた明日を約束してくれる。だけど、僕はしょっちゅう闇の孤独に毒されて、空けない夜に恐怖し、来ることのない明日に怯える。さっさと寝てしまおうと思っても、これに毒されてしまえば僕はもう寝ることすら出来ない。目を閉じた先の闇に喰われそうになる。そうして、うっすらと太陽の光が差し込むのを見て、ようやく安心して眠りにつく。そんな日は、お昼くらいまで寝ちゃうからよくイサクさんやトモとかみんなに呆れられたり、怒られたりしちゃう。フリックやマサキくんはそっと寝かしておいてくれるけど。起きたときに、おはようって言ってくれる。それがいつも僕は嬉しい。
 真っ暗な孤独の夜は、みんなのことをよく思い出す。そうすると少しだけ、安心するから。それから、空を見上げて視界いっぱいに広がる星空というものを想像してみたりする。前にフリックが夜中まで付き添ってくれたことがあって、そのときに話してくれた。しっとりとした暗闇に広がるキラキラした星。おっきく輝くのはお月様。月は、日によって少しずつ形を変えるらしい。星も、季節によって見える星が変わり、その星の並びには名前が付いていて、それを星座と言うらしい。星座や星にはいろんなお話があって、そのひとつをフリックが語ってくれた。よだかという鳥の話だった。それから、フリックは星めぐりの歌という歌を教えてくれた。そうだ、そういえばその歌を教えてくれたのはオルゴオルをトモが直してくれた日から暫くたった頃だった。フリックは歌はあまり上手じゃなかった。ほとんど歌というものを聞いたことがない僕が上手じゃないと思うくらいだから、たぶん本当に上手じゃないんだと思う。あとで、トモにも星めぐりの歌を歌って貰った。トモもフリックから教えて貰ったらしいから。トモは上手だった。僕も歌ってみたら、トモが驚いていた。すぐにフリックにマサキ君やイサクさん、非番の自警団の人や技師団の人なんかを呼んできて、僕に歌わせた。そのとき、みんなが驚いて、それから、笑顔になってくれたことをよく覚えている。グッド君なんて、サーカス団に勧誘に来てくれた。僕は歌が上手いらしい。だけど、歌が上手いと褒められたことよりも、僕がみんなを笑顔に出来たことの方がずっとずっと嬉しかった。それから、たまに都市の人とかが僕の歌を聴きに来てくれる。

 あーかいめーだまーのさーそり

 孤独を紛らわそうと僕は歌った。この歌は、どこか遠い世界の双子の星が歌う歌なんだってフリックが言っていた。その双子の星はとても善い心を持っていて、二人はいつも一緒なんだそう。

 ひーろげーたーわしーのつーばさ

 独りぼっちで、星も月も見えないつまらない夜に歌う。死んだら、どうなるのかな。前にフリックにきいてみたことがある。フリックは少し困った様子で、とても良い場所に行けるならとても良いだろうね、と答えた。だけど、その答えに僕はここ以上にとても良い場所があるとは思えなくて、あるとすれば、マスクを着けなくてもみんなと居られるところだろうけど、そこはきっと、独りぼっちの場所だ。ここみたいに。でも、星空が広がり、優しい歌の響く良いところなのだろう。だけど僕は、塵や毒にまみれていてもみんなと居られるここが良い。ここが僕にとって一番良いところだ。
「お、寝れないからこっそり抜け出してきてみれば、いいものを聞けたな」
 不意に聞こえた声は、トモの声だ。びっくりして振り向けば、マスクを着けたトモがいた。
「えっ、どうしたの? こんな真夜中に?」
「いやだから、寝れないからこっそり抜け出してきた」
「そんなことして大丈夫なの?」
「バレたら親父に殺されるかなー」
「だよねー」
 そんなことを言いながら、トモは僕の隣に腰を下ろした。

 おーりおんはたかーくうーたい

 つゆーとしーもとーをおーとす

 あーんどろーめだーのくーもは

 さーかなーのくもーのかーたち

 そして、トモも一緒に歌う。星も月もないぼんやりとした夜に二人で歌う。
「ほんっとに真っ暗なのなー」
「お陰様で毎日暇だよー」
「星でも見えりゃ違うんだろうなあ」
「トモは星を見たことある?」
「お前は?」
「無い」
「お前がないのにオレが見たことあるわけ無いだろう」
「ですよねー」
 二人して、ぼやけた夜空を見上げながらのんびり話す。さっきまでの孤独はない。空けぬ夜も来ない明日も怖くない。ずっとこのままでも大丈夫だ。僕の幸せは、君だ。
「おーやっぱり夜は冷えるなあ。お前よく風邪とかひかないな」
「ちゃんと毛布被ってるもん。入る?」
「入る! あったけー!」
 冷たい君の体に、だけど僕の心は温まる。夜風がトモの髪を揺らすけど、暗くてよく見えないのが残念だ。月明かりというものがあったならば、柔らかな光に輝く緋色の髪はきっと、とても美しかっただろうに。
 死んだらどこへ行くのだろう。きっと、こんな孤独の夜のようなところだ。だけどそこには一面の星空が広がり、月があたりを照らすとても良いところだろう。独りだったら、そこへ行くのは嫌だけど、トモとだったら行ってもいい。二人で歌を歌い、星々の物語に耳を傾け、変わりゆく月を眺めよう。そこは夜は空けず、明日も来ないけれど、とても良いところだ。
 独りの夜は寂しい。空けぬ夜に恐怖し、来ない明日に怯えてしまう。君といる夜は楽しい。空けぬ夜も来ない明日も君と居られるならば怖くない。
 僕の幸せは赤い色をしている。
「ねえトモ。死んだらどこへ行くのだろう」
「とても良いところだととても良いとフリニカル先生が答えてたやつか」
「うん。僕はね、君が来る前の孤独の夜のようなところだと思うんだ。ただ、星は綺麗で、月は優しく、歌が響くとても良いところだと思う」
「なるほどなあ」
「だけど、そこに僕しかいないなら、そこは良いところでも全然僕は良くないから、それなら独りぼっちの寂しい夜を我慢してでもここに居たいって思うんだ」
「そうか……」
「だからね、もしも僕が死んだら、きっとトモが見つけてね。僕が探しに行ってもいいんだけど、僕が行くときっと迷子になってしまうから。僕は星めぐりの歌を歌って待ってるよ。そしたら、一緒に歌を歌って、星々の物語に耳を傾け、変わりゆく月を眺めよう」
「おう、きっと見つけてやるよ。お前を見つけるのは得意だしな」
「そうだね……うん、そうだ」
 いつかたどり着く永遠の夜を想う。そこは独りぼっちの寂しい場所だ。星が綺麗で月が優しい夜だ。だけど、君が見つけてくれるというのなら、そこがきっと僕にとって本当に良いところだろう。
 暗くぼんやりとした夜空を見上げた。

(ユキとトモ)
宮沢賢治作:星巡りの歌より引用