マサキとロクとマモル

「おっ、いたいた! やっほーマサッキー」
「あ、ロクさん。どうしたんっすか珍しい」
「え、んっとねえ……マサッキーにねえちょっと……」
「嫌です」
「せめて最後まで喋らせて」
「そのパターンは碌なこと言わないパターンっす」
「ロクだけに?」
「……そっすねー」
「あぁ! やめてやめて! ふざけたの謝るからどっか行くのやめて!」
「分かりました。では用件だけ聞きましょう」
「ありがとー! あのね、ちょっと僕んちにこれから行ってほしいんだ。そしたら分かるから!」
「はあ?!」
「じゃあ、僕はこれから一週間くらい行商に出るから! どうするかはマサッキーに任すけど、信じてるよお!」
「えっ、ちょ、ロクさん? ロクサァアアあぁアアァァン??!!!」



「結局来てしまった……行けば分かるって言ってたけどなあ。ペットでも飼ったのかな? その面倒を俺に押し付けて……はは、あり得る。せめて大人しい動物だったらいいなー」
「……」
「……」
「……」
「おっとこれは予想外。ペットじゃなくて人だった」
「……?」
「あーえっと、俺は怪しいもんじゃないっすよー。おそらくロクさんにしばらく君の面倒を見るように頼まれて……いるはず、のマサキと言います……頼まれてる? 頼まれてるはず……?」
 ロクさんちにいたのは、小柄な黒髪の少年だった。小綺麗な服を着てはいるが、手足は細く不健康そうな雰囲気が彼の容貌をみすぼらしく感じさせる。ただ、彼の大きな目は透き通った青で、貴重品である眼鏡をかけたその目でじいっと見つめられると少し、怖い。
 彼は、俺の自己紹介が終わるなり、とことこと机に向かって歩いていき、一通の手紙を俺に渡してきた。
「えっと……これを読めってことかな?」
「(こくん)」
「えぇっと……”これを読んでるってことはちゃんと家に来てくれたってことだね流石はマサッキー! そういうところ愛してるよ! チュッ♡”……はは、次会ったら殴っていいかなあ」
 ロクさんからの手紙を要約すれば、予想通りというかなんと言うかこの小柄な少年……マモルくんの面倒をしばらく見てほしいとのことだった。それくらいなら特に問題は無い。いやあるんだけど。すげえ言いたいこともいっぱいあるし、突っ込みどころも満載なんだけど、相手は何せあのロクさんだ。居候なのにもかかわらず、自力で生計を立てるほどの実力を持った闇商人だ。人間の一人や二人ペットとして飼っていたって、まあ、不思議じゃない。さすがに人を商品にしてるのならば、それは13番都市の名誉に関わってくるので放ってはおけないけど、ロクさんはその見逃してもらえる境界線上を飄々とわたってみせる。そんな人なのだ。では何が問題か。それは彼、マモルくんが地上にマスク無しで放り出された所為で、喉は完全に焼けてしまい声が出ず、目もほとんど見えていないという点にある。眼鏡をかけてなんとか近くのものが見える程度らしい。なんとか耳は正常らしく、意思の疎通はこちらからの問いかけと、マモルくんのボディランゲージによって成立させているらしい。
「えぇっと、マモルくん、でいいのかな」
「(こくん)」
「なにか不自由してることとかある?」
「?」
「その……ロクさんが帰ってくるまでになにか手伝ってほしいこととか」
 そう聞くと、マモルくんはしばらく考えるそぶりを見せた後、首を横に振った。手紙にも”面倒見てほしいけど、多分マモルは何もお手伝い要らないとおもうんだよねえ。”とあったので、さほど驚きはしなかったが、人間の適応力とは凄いものだ。
「うーん……しかしこのままじゃあ意思の疎通が難しいっすよねえ。あ、そうだ。じゃあロクさんが帰ってくるまでの間、俺が文字を教えてあげるよ」
 そう俺が提案すると、マモルくんは不思議そうに首を傾げた。ちょっと可愛い。おそらく、自分の感情をなるべく行動で相手に伝えるよう意識してるのだろう。だとすれば、彼はおそらくとても賢く、聡い。ひらがなくらいであれば、すぐにマスターできるだろう。喉が焼けた所為で話せないだけで、言語能力もおそらく問題は無いだろう。文字を習得すれば意思の疎通はぐっと簡単になるはずだ。
「文字って言うのは……えーっと……何て説明すればいいかなあ。文字は文字だよなあ……」
 こういう時、フリニカル先生ならばなんて説明するだろう。俺よりも利発なトモちゃんなら。知識は乏しくても、頭の回るニードさんなら。経験豊富なイサクさんなら。きっと、ずっともっと分かりやすくこの少年に物事を教えてあげられるのだろうな。
「……これが! ”あ”です!!」
「?!」
 でも、俺はそういうのが苦手なので、とりあえず実践してみることにした。ロクさんちの紙とペンをお借りして、”あ”と描き、俺が読む。紙もペンもそこそこ高価な代物だけど、知るか。俺に任せたロクさんが悪い。俺はとりあえずこの少年に文字を教えると決めたのだ。
「そしてこれが”い”! これが、”う”、”え”、”お”!!」
「……」
「こんな感じで、音を表記? したのがひらがなで、ひらがなって言うのは文字の一種です! 他にカタカナと漢字って言うのがあるんスけど、とりあえずひらがな覚えましょう! それだけでかなり便利なはずっす!」
「!」
 少しずつ、教えていく。多分、とても不器用で、分かりにく教え方だと思う。だけど、俺はマモルくんに何かしてあげたかった。同じく地上を放浪した身の上から来る同情かもしれない。未だ都市民としても自信が持てない俺自身に対する慰めかもしれない。あるいは、視力と声を奪われたマモルくんに対する哀れみかもしれない。それは分からなかったけど、ただ、彼と仲良くなりたかった。



「マサッキーたっだいまー!!」
「ロクさん! いきなり人一人押し付けて行商行くとか非常識にもほどがあるっすよ!!」
「常識とか気にしてたら闇商人なんてできないよ?」
「そうっすね!!!!」
「まあ、でも、想像以上にマモマモの面倒見てくれたみたいで、君に頼んで良かったよ」
「生活面では俺、何もすることありませんでしたけどね」
「だろうねえ」
「……あの、ロクさんにとって、マモルくんってなんなんですか」
「え〜? マモマモ? そうだなあ……暇つぶし兼家政婦ってとこかな」
「そうですか」
「どっちにしろ、僕が拾わなければ野垂れ死んでた命だよ? 僕が好きにして良くない?」
「……そうですね……そう、思います」
「あっは、やっぱり似た境遇だと思うところあるの?」
「ありますよ。俺は、運が良かった」
「だろうね」
「出来るだけ、あなたが出来る限りでいいです。マモルくんを人として扱ってあげてください」
「そうだね。善処しよう。あっ、これ報酬の林檎だよお! 結構貴重品だからねっ! 破格の報酬だよ?!」
「えぇっ! 林檎?! 林檎?! うそ?!」
「ほんとー。ロク様の手にかかれば林檎くらい簡単に手に入っちゃうんだよ」
「うわあ! ありがとうございます! イサクさんたちと頂きます!!」
「そうしなよ。ただ、あんまり質は良くないから、君んとこの赤い子に頼んでパイにでもしてもらいな」
「はい! ロクさんありがとうございます!」
「うん、バイバーイ!」


林檎貰ったからイサクさんちきたよ!
「こんにちはー! トモちゃんいるっすかー?」
「あれ? マサ兄じゃん。お帰り」
「ただいまーって俺家でてるんすけど」
「マサ兄んちはいつまでもここでーす」
「ははっ、あ、そうだトモちゃん、林檎貰ったんすけどアップルパイとか作れます?」
「へっ? 林檎?! うわー!!! まじだー!!! 林檎だー!!!! え、マサ兄これどうしたの?!」
「ロクさんからの頼み事引き受けたら貰ったっす」
「うわあ……それは、なんというか……」
「比較的、常識の範囲内でしたよ?」
「比較的?」
「比較的」
「……まあいいや。詳しく聞くのは疲れそうだからやめとく」
「あぁ、いやでも、いつかトモちゃんにも紹介します」
「へっ?」
「友達が出来ました!」
「……どんな内容だったんだよ……」
「それはさておき、トモちゃんパイ作れます?」
「おー任せとけ。とびきり美味しいの作ってやるよ」
「出来たらユキちゃんにも持っていきましょうね」
「いいの?」
「もちろん」
「よっし、じゃあ作るかー……っとマサ兄、砂糖とバター買ってきて。オレ出すから。ロクさんとこなら扱ってるだろ」
「了か……はっ、これが目当てか?!」
「……あり得るな」
「さっすが商魂逞しい……」
「まあいいじゃん。どうせならもう一個揺さぶってきてよ。ロクさんとその友達の分も作るから」
「それじゃあ、なんとしてももう一個……出来れば二個ぶんどってきます」
「よろしくー」