第一章 ルフィルスタウン
ふき荒れる、砂。目にするのは砂と岩と枯れかけた植物ばかり。昼は灼熱の太陽に焦がされるように暑く、夜は世界のすべてのものから体温を奪おうとでもするかの様に寒い。
しかし、大気は澄んでいて星や月はきれいに見えて幻想的で、日が落ちる直前の空は誰も再現することが出来ないほど美しいグラデーションに彩られる。オアシスは人や動物に住む場所と生きるために必要なものを与え、植物は集まり、旅人には休息を与える。
美しさと厳しさと荒々しさと繊細さが複雑に絡み合い、助け合ったり奪い合ったりしながらも生命が活動するリシギア砂漠。
多くの村や都が点在し、代々王家が収める広大な砂漠。
そこは、決して裕福ではないが、美しく平和な村だった。けれど、今は廃墟と化していて。砂漠に不釣合いな賑やかな町の入り口に立った彼女は久ぶりの町と、砂漠と同化してしまった自分の生まれ故郷とを無意識のうちに重ねていた。
今はもう、戻れない。
頭を軽く振って村の残像を振り払い、彼女は町のなかに足を踏み入れた。
幼い頃の面影を追いながら、使命を果たすために。そして、自分を助けてくれるであろう少女と会うために。
狂ったままの運命の歯車は回りだした。良くも悪くも世界に選ばれた若者達を巻き込むように。
第一章 砂漠の町ルフィルスタウン
日が沈みかけ、人々の話し声や石畳を踏む音が増え音の波となってこの町、ルフィルスタウンを支配してゆく。暗闇が支配する前の朱色の時間。砂っぽい風は徐々に冷たくなり、あと数刻もすれば気温は下がりきり昼間の気温からは考えられないほど寒くなるだろう。
町には一本の大通りが通り、左右に入り組んだ道が走る。その道は町の端へ行くほど細く薄暗くなり、闇の世界に住む者らが身を潜める。砂漠の最南東に位置するこの町は、国境の近くの町でもあり賑やかな反面多くの犯罪者も紛れ込むのだった。
そんな町の様子は、彼女の遠い記憶の中とほとんど変わっていなかった。
彼女の名は、ユキ。彼女はこの国で禁止されている魔族との契約を交わしたウィザードである。フード付のベージュのコートを着て、右目には眼帯をしている。が、フードを深くかぶっている所為で顔はそんなに目立たない。
多くの人が生活をしたり観光に来たりするこの町で、ユキの姿はさほど目立つほどのものではない。が、きょろきょろと町を見渡し屋台などを珍しそうに一人で眺めている彼女はあまりにも無防備だった。
たくさんの人の流れも、見たことのないものがならぶ露天も、いろんな服装や人、活気あふれる町の全てが彼女にとって魅力的に感じられる。そして、その高揚感や好奇心は活気の裏に潜む闇を忘れさせ、警戒心を薄れさせた。
そんな不意をつかれて、ユキは裏通りの方へとひっぱられた。口をふさがれてそのまま、奥の方まで引っ張られる。
不安に刈られた彼女は、もちろん抵抗を試みるが頑丈な腕はびくともしない。
コートの汚れ具合などからしても、彼女が旅なれていないことは明白で、こういう状況にも対抗する術は持ち合わせていそうにない。圧倒的な力の差に恐怖を覚え、よりいっそう強く抵抗するがほとんど無駄にちかかった。パニック状態の中で、恐怖だけがはっきりと感じられる。
「何するんですかっ!」
ユキは長い抵抗の末、一瞬の隙を突いて手を振り払うことに成功したが、すでに彼女達は裏通りと呼ばれる所の奥まできていた。
ユキの怯えて震える声は、入り組んだ裏通りの奥へと吸い込まれていった。幼さの残るよく通る少女の声だった。しかし、ここまで来ると人通りはまったくといっていいほどない。助けが来る確率はまず、ないだろう。体格の良い男達に囲まれた彼女は絶体絶命の状況にあった。
「何が目的です? 僕はあまりケンカを好みません。できればこのまま返してくれる……わけないですね」
凶暴な笑みを浮かべている彼らに、何を言っても無駄なことは重々承知しているが恐怖心からつい言葉があふれ出る。そしてそれが虚勢であることは誰にでも解り、男たちをさらに煽る結果となる。
ユキと男達の距離は縮まり、手を伸ばせば届くという距離まであと少しだった。
これから起こる惨劇を期待する薄ら笑いが気持ち悪く感じ、不覚をとった自分に呆れ、覚悟を決める。いろいろな武器が見える。荒い息遣いが聞こえる。恐怖で足は震え、手には汗をかいている。それでも、フードの下の瞳は強い光をともし、恐怖の色を映してはいない。
ユキはゆっくりと深く息を吸った。
そして。
「現行犯だな」
怒気と期待を含んだ少年にしては少し高い声がした。薄暗くて、姿がよく見えないが背が小さくどちらかといえば華奢な体つきだった。そして、どこからどう見ても現行犯だからといって男達をどうにかできるとは思えなかった。
しかし彼女は臆することなく言葉を続ける。
「ようやく見つけたぞ。ここ一ヶ月ほど散々好き勝手やってくれたなぁ? 裏通りF地区にやつらを発見!」
と、叫ぶと共に声の主は男達に殴りかかっていった。間をおかずに、どこからか武器を持った男たちまでやってくる。
さらにパニックに陥ったユキは、隅のほうで小さくなりながら男たちが乱闘を始めるのを眺めていた。人数はどんどん増え、あっという間にユキを引っ張ってきた男達は縛られてどこかへ連れて行かれていった。
乱闘の最中、ユキは声の主の姿を無意識に目で追っていた。俊敏な動きで一撃を放っていく姿は見た目とは裏腹にそこにいる誰よりも強かった。
時折、キラキラと赤い光が見えたような気がして、恐怖心も忘れてただただその動きに魅入っていた。綺麗だと、薄暗くてよく見えないのに綺麗だと湧き上がる感動を抑えることが出来ず周りの景色はユキの目には映らなくなる。
だから、その本人に声をかけられたとき慌ててしまったのは仕方のないことだとユキは思った。
「いやつ、あのっ、だからぼ、僕は何もしてないんですけど」
「いや、それは見れば分かるが、怪我はないんだな?」
男達に向けた声よりかは幾分かやわらかめの声を聞くと、緊張が少しほぐれたようだった。
ユキは、その質問に首を立てに振って答える。そして、近くでその姿を見つめてみる。やっぱり顔はよく見えないが、自分とそんなに変わらない十代半ばのようだった。
「あぁ、安心してくれ。オレらは自警団のようなもんなんだ。見た目はアンタをここまで連れてきたやつらとそんなに変わんないが、アンタを連れ去ったり危害を加えたりするつもりはない。そもそも、ルフィルスタウンのやつらはそんなことしない。あいつらは、他の町だかなんだかからやってきて、ここで好き勝手やってたんだ。だから、安心して旅行を楽しんでくれ」
ユキの態度を恐怖からととったのか、さらに優しい声音で説明された。
名前が知りたい。何故だかそんな気になってユキは訊いてみた。
「お名前、は?」
いきなりの質問に、不意をつかれたのか。それとも、答えたくなかったのだろうか。
少しの間を空けて、答えは返ってきた。
「トモ。立てるか?」
日はすっかり沈んで、冷たい空気が肌に痛かった。
差し伸べられた手は、すでに冷たくなっていたけれど、優しかった。
その手を、ユキは以前にもつかんだことがあるような気がした。
しかし、大気は澄んでいて星や月はきれいに見えて幻想的で、日が落ちる直前の空は誰も再現することが出来ないほど美しいグラデーションに彩られる。オアシスは人や動物に住む場所と生きるために必要なものを与え、植物は集まり、旅人には休息を与える。
美しさと厳しさと荒々しさと繊細さが複雑に絡み合い、助け合ったり奪い合ったりしながらも生命が活動するリシギア砂漠。
多くの村や都が点在し、代々王家が収める広大な砂漠。
そこは、決して裕福ではないが、美しく平和な村だった。けれど、今は廃墟と化していて。砂漠に不釣合いな賑やかな町の入り口に立った彼女は久ぶりの町と、砂漠と同化してしまった自分の生まれ故郷とを無意識のうちに重ねていた。
今はもう、戻れない。
頭を軽く振って村の残像を振り払い、彼女は町のなかに足を踏み入れた。
幼い頃の面影を追いながら、使命を果たすために。そして、自分を助けてくれるであろう少女と会うために。
狂ったままの運命の歯車は回りだした。良くも悪くも世界に選ばれた若者達を巻き込むように。
第一章 砂漠の町ルフィルスタウン
日が沈みかけ、人々の話し声や石畳を踏む音が増え音の波となってこの町、ルフィルスタウンを支配してゆく。暗闇が支配する前の朱色の時間。砂っぽい風は徐々に冷たくなり、あと数刻もすれば気温は下がりきり昼間の気温からは考えられないほど寒くなるだろう。
町には一本の大通りが通り、左右に入り組んだ道が走る。その道は町の端へ行くほど細く薄暗くなり、闇の世界に住む者らが身を潜める。砂漠の最南東に位置するこの町は、国境の近くの町でもあり賑やかな反面多くの犯罪者も紛れ込むのだった。
そんな町の様子は、彼女の遠い記憶の中とほとんど変わっていなかった。
彼女の名は、ユキ。彼女はこの国で禁止されている魔族との契約を交わしたウィザードである。フード付のベージュのコートを着て、右目には眼帯をしている。が、フードを深くかぶっている所為で顔はそんなに目立たない。
多くの人が生活をしたり観光に来たりするこの町で、ユキの姿はさほど目立つほどのものではない。が、きょろきょろと町を見渡し屋台などを珍しそうに一人で眺めている彼女はあまりにも無防備だった。
たくさんの人の流れも、見たことのないものがならぶ露天も、いろんな服装や人、活気あふれる町の全てが彼女にとって魅力的に感じられる。そして、その高揚感や好奇心は活気の裏に潜む闇を忘れさせ、警戒心を薄れさせた。
そんな不意をつかれて、ユキは裏通りの方へとひっぱられた。口をふさがれてそのまま、奥の方まで引っ張られる。
不安に刈られた彼女は、もちろん抵抗を試みるが頑丈な腕はびくともしない。
コートの汚れ具合などからしても、彼女が旅なれていないことは明白で、こういう状況にも対抗する術は持ち合わせていそうにない。圧倒的な力の差に恐怖を覚え、よりいっそう強く抵抗するがほとんど無駄にちかかった。パニック状態の中で、恐怖だけがはっきりと感じられる。
「何するんですかっ!」
ユキは長い抵抗の末、一瞬の隙を突いて手を振り払うことに成功したが、すでに彼女達は裏通りと呼ばれる所の奥まできていた。
ユキの怯えて震える声は、入り組んだ裏通りの奥へと吸い込まれていった。幼さの残るよく通る少女の声だった。しかし、ここまで来ると人通りはまったくといっていいほどない。助けが来る確率はまず、ないだろう。体格の良い男達に囲まれた彼女は絶体絶命の状況にあった。
「何が目的です? 僕はあまりケンカを好みません。できればこのまま返してくれる……わけないですね」
凶暴な笑みを浮かべている彼らに、何を言っても無駄なことは重々承知しているが恐怖心からつい言葉があふれ出る。そしてそれが虚勢であることは誰にでも解り、男たちをさらに煽る結果となる。
ユキと男達の距離は縮まり、手を伸ばせば届くという距離まであと少しだった。
これから起こる惨劇を期待する薄ら笑いが気持ち悪く感じ、不覚をとった自分に呆れ、覚悟を決める。いろいろな武器が見える。荒い息遣いが聞こえる。恐怖で足は震え、手には汗をかいている。それでも、フードの下の瞳は強い光をともし、恐怖の色を映してはいない。
ユキはゆっくりと深く息を吸った。
そして。
「現行犯だな」
怒気と期待を含んだ少年にしては少し高い声がした。薄暗くて、姿がよく見えないが背が小さくどちらかといえば華奢な体つきだった。そして、どこからどう見ても現行犯だからといって男達をどうにかできるとは思えなかった。
しかし彼女は臆することなく言葉を続ける。
「ようやく見つけたぞ。ここ一ヶ月ほど散々好き勝手やってくれたなぁ? 裏通りF地区にやつらを発見!」
と、叫ぶと共に声の主は男達に殴りかかっていった。間をおかずに、どこからか武器を持った男たちまでやってくる。
さらにパニックに陥ったユキは、隅のほうで小さくなりながら男たちが乱闘を始めるのを眺めていた。人数はどんどん増え、あっという間にユキを引っ張ってきた男達は縛られてどこかへ連れて行かれていった。
乱闘の最中、ユキは声の主の姿を無意識に目で追っていた。俊敏な動きで一撃を放っていく姿は見た目とは裏腹にそこにいる誰よりも強かった。
時折、キラキラと赤い光が見えたような気がして、恐怖心も忘れてただただその動きに魅入っていた。綺麗だと、薄暗くてよく見えないのに綺麗だと湧き上がる感動を抑えることが出来ず周りの景色はユキの目には映らなくなる。
だから、その本人に声をかけられたとき慌ててしまったのは仕方のないことだとユキは思った。
「いやつ、あのっ、だからぼ、僕は何もしてないんですけど」
「いや、それは見れば分かるが、怪我はないんだな?」
男達に向けた声よりかは幾分かやわらかめの声を聞くと、緊張が少しほぐれたようだった。
ユキは、その質問に首を立てに振って答える。そして、近くでその姿を見つめてみる。やっぱり顔はよく見えないが、自分とそんなに変わらない十代半ばのようだった。
「あぁ、安心してくれ。オレらは自警団のようなもんなんだ。見た目はアンタをここまで連れてきたやつらとそんなに変わんないが、アンタを連れ去ったり危害を加えたりするつもりはない。そもそも、ルフィルスタウンのやつらはそんなことしない。あいつらは、他の町だかなんだかからやってきて、ここで好き勝手やってたんだ。だから、安心して旅行を楽しんでくれ」
ユキの態度を恐怖からととったのか、さらに優しい声音で説明された。
名前が知りたい。何故だかそんな気になってユキは訊いてみた。
「お名前、は?」
いきなりの質問に、不意をつかれたのか。それとも、答えたくなかったのだろうか。
少しの間を空けて、答えは返ってきた。
「トモ。立てるか?」
日はすっかり沈んで、冷たい空気が肌に痛かった。
差し伸べられた手は、すでに冷たくなっていたけれど、優しかった。
その手を、ユキは以前にもつかんだことがあるような気がした。