第一章 ルフィルスタウン
「そっかぁ、それで旅に憧れてても出ることができないんだね」
「それだけじゃねぇけどな。一要因には……なってる」
すでに、ユキはトモを旅に誘うことは諦めていた。町に必要とされ、家族がいるのならばトモは旅に出る必要がないのだ。ましてや、ユキの目的に付き合わせるわけにはいかない。
残念だけど、仕方がない。幼い記憶に残っていた鮮やかな緋色の主にあえただけでも満足としよう。ユキは、そう考えることにした。
「なら、一緒にこの町にいるべきだよ。君には……やるべきことがある」
「それでもっ!」
トモは、叫んでいた。実際、自分の役割を話し、ニードのことを話したのはトモだ。やるべきことがあることも解ってはいる。けれども、本心ではそれを納得していなかった。
「……わりぃ」
トモは、深くうなだれた。
「そうだよな。俺はここにいるべきなんだよな。ちゃんと、大人にならねぇと駄目だよな」
苦虫を噛み潰したかの表情で、トモは呟いた。わかっているつもりでも、どこまでも追いかけてくる迷い。やらなければならないこととやりたいことが一致することはそうそう無い。ならば、やらなければならないことを優先させる、それがトモの考える大人だった。
この町で、育ての親の仕事を継ぐこと、それこそが自分のしなければならないこと。
ユキは、迷い続けるトモに何も言うことができなかった。
トモは一応は諦めがついたのか、話題を変えてきた。
「じゃぁ、さ。もしよければでいいんだけど、最後にお前がどうして旅を始めたのか聞かせてくれないか?」
ユキは、一度うなずいてた。
「僕の場合は、仕方なく旅にでたんだ。僕の村は何者かに滅ぼされたから。僕は何とか一命を取り留めたけれど、もう村には住めないからね。しかたなしに旅に出たんだよ」
ユキの顔は、フードに隠れて見えない。けれど、その声に寂しさや、怒り、憎しみ、悲しみなどは感じ取れなかった。あくまで淡々と、人事のようにユキは話した。
「え、あ、わりぃ」
思った以上に、重い旅の理由だったのでトモは少し戸惑った。
自分は何を浮かれていたのだろう。無遠慮でデリカシーのない自分の行動をトモは少し恥ずかしくも思った。
「ううん。平気」
ユキは、首を振った。トモは少しほっとして窓の外を見た。店に入ったのが昼前だが、今はもう昼過ぎといった頃か。
「話聞かせてくれてありがとな。見回りがあるから俺はもう行くけど、金は払っとくから」
そういって、席を立ち、キッチンの奥にいるマスターにお金を払ってからトモは店を出て行った。
ユキは、もうあわないであろうあの緋色の少女を目に焼き付けておこうと最後までトモの姿を目で追った。
さて、頼りにしてたトモが駄目だとするとユキはこのまま一人で旅を続けなければならない。これからどうするべきか考えていたとき、ユキはマスターに話しかけられた。
「あの子と話していて、どうだったかね?」
「あの子って、トモのことですか?」
マスターは、優しい顔でうなずいた。
「どうって言われましても、しっかりしていてすごいと思いますよ。僕と同い年くらいでしょう? まだ子供なのに自警団の一員だなんて、そうそうできないじゃないですか」
「そう、君と同い年くらいだ。そして、まだ子供だ。私はね、あの子が大人になろうと必死に背伸びしている姿が痛々しくてね。町の奴らがどんなにあの子をイサクの奴の跡継ぎにさせようとしても、ワシはそんなこと許せないのだよ」
マスタはーは寂しそうに微笑んでいた。その笑顔に、ユキは自分の祖母の笑顔を重ねていた。
ここまで、マスターがトモに愛情を注いでいる理由。
「マスター、あなたはもしかしてトモのおじいさん?」
ユキは、その理由がこれしか思いつかなかった。しかし、マスターは首を横にふった。
「いいや、ワシとトモの血は繋がっていない。お譲ちゃん、良ければこの老人の昔話に付き合ってはくれないか? とっておきのお茶でもご馳走しよう」
ユキがうなずいたのを見てから、マスターはキッチンへお茶を淹れに行った。
一方、店から出て行ったトモが向かったのは裏通りにあるヴァンパイアの本部だった。本部といっても重々しいものではなく、というか、酒場でルフィルスタウン出身の裏通りの住民のたまり場になっている、そんな場所だ。
「おい、昨日捕まえた奴ら、なんだって?」
トモは、入り口の近くにいた一人に話しかけた。が、答えたのはカウンター席で酒を飲んでいた男だった。年は30を過ぎたくらいで、頭は剃っていて、痩せぎすでイタチ顔なのが特徴の妙に小賢しい雰囲気をまとった男であった。
「奴らは、城下町近くで強盗を何度も繰り返した盗賊団らしいぜ。そんで、調子こいて城の物も盗もうとしたが見事しくじってこっちにトンズラこいてきたらしい。それで、あの様さ! 結果はまだ聞いてねぇけど、あの様子じゃぁ終身刑だな」
「さっすが、情報通のライアだな」
入り口にいた男が首をすくめた。ライアもヴァンパイアの一員で、情報通なことで有名だ。事実、今回の盗賊団を捕獲できたのもライアの情報による所が大きい。
「なんだ、あいつら城にまで入ったのか」
「なんでも、まだ王様が餓鬼だっつうんで油断したらしいぜ」
「あ? アレク7世だっけ? でも実質政治をしてんのはその側近だって言うじゃねぇか。ウィザードの取締りを始めたのもその側近だろ?」
ライアの言葉から、酒場に城や、政治についての会話が広がっていく。トモは、この雰囲気が嫌いではなかった。さすがに子供なのでそうそう頻繁にこの酒場に来ることは無いが、それでもここに来るのは好きだった。
トモはライアの隣の席が空いていたのでそこに腰掛けた。
「なんだ、不良少女。まだ餓鬼なのにお前も酒飲むのか」
「馬鹿。のまねぇよ」
茶化されるように言われて、トモは不機嫌な顔になったがライアは気にした様子も無く酒を飲み続けていた。
「それだけじゃねぇけどな。一要因には……なってる」
すでに、ユキはトモを旅に誘うことは諦めていた。町に必要とされ、家族がいるのならばトモは旅に出る必要がないのだ。ましてや、ユキの目的に付き合わせるわけにはいかない。
残念だけど、仕方がない。幼い記憶に残っていた鮮やかな緋色の主にあえただけでも満足としよう。ユキは、そう考えることにした。
「なら、一緒にこの町にいるべきだよ。君には……やるべきことがある」
「それでもっ!」
トモは、叫んでいた。実際、自分の役割を話し、ニードのことを話したのはトモだ。やるべきことがあることも解ってはいる。けれども、本心ではそれを納得していなかった。
「……わりぃ」
トモは、深くうなだれた。
「そうだよな。俺はここにいるべきなんだよな。ちゃんと、大人にならねぇと駄目だよな」
苦虫を噛み潰したかの表情で、トモは呟いた。わかっているつもりでも、どこまでも追いかけてくる迷い。やらなければならないこととやりたいことが一致することはそうそう無い。ならば、やらなければならないことを優先させる、それがトモの考える大人だった。
この町で、育ての親の仕事を継ぐこと、それこそが自分のしなければならないこと。
ユキは、迷い続けるトモに何も言うことができなかった。
トモは一応は諦めがついたのか、話題を変えてきた。
「じゃぁ、さ。もしよければでいいんだけど、最後にお前がどうして旅を始めたのか聞かせてくれないか?」
ユキは、一度うなずいてた。
「僕の場合は、仕方なく旅にでたんだ。僕の村は何者かに滅ぼされたから。僕は何とか一命を取り留めたけれど、もう村には住めないからね。しかたなしに旅に出たんだよ」
ユキの顔は、フードに隠れて見えない。けれど、その声に寂しさや、怒り、憎しみ、悲しみなどは感じ取れなかった。あくまで淡々と、人事のようにユキは話した。
「え、あ、わりぃ」
思った以上に、重い旅の理由だったのでトモは少し戸惑った。
自分は何を浮かれていたのだろう。無遠慮でデリカシーのない自分の行動をトモは少し恥ずかしくも思った。
「ううん。平気」
ユキは、首を振った。トモは少しほっとして窓の外を見た。店に入ったのが昼前だが、今はもう昼過ぎといった頃か。
「話聞かせてくれてありがとな。見回りがあるから俺はもう行くけど、金は払っとくから」
そういって、席を立ち、キッチンの奥にいるマスターにお金を払ってからトモは店を出て行った。
ユキは、もうあわないであろうあの緋色の少女を目に焼き付けておこうと最後までトモの姿を目で追った。
さて、頼りにしてたトモが駄目だとするとユキはこのまま一人で旅を続けなければならない。これからどうするべきか考えていたとき、ユキはマスターに話しかけられた。
「あの子と話していて、どうだったかね?」
「あの子って、トモのことですか?」
マスターは、優しい顔でうなずいた。
「どうって言われましても、しっかりしていてすごいと思いますよ。僕と同い年くらいでしょう? まだ子供なのに自警団の一員だなんて、そうそうできないじゃないですか」
「そう、君と同い年くらいだ。そして、まだ子供だ。私はね、あの子が大人になろうと必死に背伸びしている姿が痛々しくてね。町の奴らがどんなにあの子をイサクの奴の跡継ぎにさせようとしても、ワシはそんなこと許せないのだよ」
マスタはーは寂しそうに微笑んでいた。その笑顔に、ユキは自分の祖母の笑顔を重ねていた。
ここまで、マスターがトモに愛情を注いでいる理由。
「マスター、あなたはもしかしてトモのおじいさん?」
ユキは、その理由がこれしか思いつかなかった。しかし、マスターは首を横にふった。
「いいや、ワシとトモの血は繋がっていない。お譲ちゃん、良ければこの老人の昔話に付き合ってはくれないか? とっておきのお茶でもご馳走しよう」
ユキがうなずいたのを見てから、マスターはキッチンへお茶を淹れに行った。
一方、店から出て行ったトモが向かったのは裏通りにあるヴァンパイアの本部だった。本部といっても重々しいものではなく、というか、酒場でルフィルスタウン出身の裏通りの住民のたまり場になっている、そんな場所だ。
「おい、昨日捕まえた奴ら、なんだって?」
トモは、入り口の近くにいた一人に話しかけた。が、答えたのはカウンター席で酒を飲んでいた男だった。年は30を過ぎたくらいで、頭は剃っていて、痩せぎすでイタチ顔なのが特徴の妙に小賢しい雰囲気をまとった男であった。
「奴らは、城下町近くで強盗を何度も繰り返した盗賊団らしいぜ。そんで、調子こいて城の物も盗もうとしたが見事しくじってこっちにトンズラこいてきたらしい。それで、あの様さ! 結果はまだ聞いてねぇけど、あの様子じゃぁ終身刑だな」
「さっすが、情報通のライアだな」
入り口にいた男が首をすくめた。ライアもヴァンパイアの一員で、情報通なことで有名だ。事実、今回の盗賊団を捕獲できたのもライアの情報による所が大きい。
「なんだ、あいつら城にまで入ったのか」
「なんでも、まだ王様が餓鬼だっつうんで油断したらしいぜ」
「あ? アレク7世だっけ? でも実質政治をしてんのはその側近だって言うじゃねぇか。ウィザードの取締りを始めたのもその側近だろ?」
ライアの言葉から、酒場に城や、政治についての会話が広がっていく。トモは、この雰囲気が嫌いではなかった。さすがに子供なのでそうそう頻繁にこの酒場に来ることは無いが、それでもここに来るのは好きだった。
トモはライアの隣の席が空いていたのでそこに腰掛けた。
「なんだ、不良少女。まだ餓鬼なのにお前も酒飲むのか」
「馬鹿。のまねぇよ」
茶化されるように言われて、トモは不機嫌な顔になったがライアは気にした様子も無く酒を飲み続けていた。