第一章 ルフィルスタウン

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、何でトモは僕を探していたの?」
 これ以上、フードについて深くつっこまれると困るのでユキはとっさに話題を変えることにした。
「いや、一応俺自警団やってるからさ、あの後無事に宿屋に着いたのか気になっただけなんだ」
「あ、何かわざわざすみません」
 律儀な人だと内心感心しつつユキが、頭を下げる。そんなユキの行動に対してトモは驚いたような反応を返した。
「や、一応仕事だし、それだけじゃないし」
 その態度から、トモが頭を下げられたりすることになれていないことがわかる。自警団といっているのに、お礼を言われるのになれていないというのは、どういうことなのだろうと、ユキは疑問に思った。
「それだけじゃないって?」
 しかし、まず先にこっちを聞くべきだろうとユキは思い、トモのユキを探していたもう一つの理由を先に聞くことにした。
 トモは、少し顔をしかめ、少し悩むそぶりを見せた後、ようやく口を開いた。
「あの、さ。訊きたいことがあってさ。あの……旅ってどんな感じなんだ?」
 その表情は、照れているような、このことをユキに聞くのはほんの少し緊張するといったようなものだ。ユキは首をかしげた。
「どうしてそんなことを? 助けた旅人にいつも訊くの?」
 トモの表情は、ますますきまりの悪いものになる。
「そういうわけじゃないんだけどよ」
「じゃぁ、なんで?」
 訳が分からない。なんで、わざわざユキを探してまでそんなことを訊くのだろうか。しかも、トモのこの煮え切らない態度はなんなのか。
 トモはとうとう頭を抱えて唸り始めた。視線だけを上げてユキを見る。そして、息をゆっくり吐き出して何故、旅の様子を聞きたがっているのかを話し始めた。
「まぁ、理由は簡単なんだけどさ。俺、旅にでたいって思ってるわけ。でも、自警団やってるし一緒に住んでるやつもいるし……それで、昨日お前を助けて、それで、何で旅してるんだろうとか、旅ってどんな感じなのだろうとかいろいろ考えてたら訊きたくなったというか……や、ごめん。初対面なのに図々しかったよな」
 早口で一気にそれだけ言うと、トモは視線をまたテーブルに戻した。
 見てみると、トモの顔が顔が赤い。ユキは、そんなトモを見て少し笑った。
「ううん。いいよ別に。そのかわり、この町のこととか教えてよ」
 ユキが、そういうとトモは顔を上げた。心なしか、目が輝いている。
 本当に、旅に興味があるんだなぁとユキは思うのだった。
「そうだなぁ、僕も旅に出て一ヶ月くらいしかたってないんだけど、どんなことを訊きたいの?」
「どんなって、何でもいいんだけど。そうだ、やっぱ歩いて旅してんの?」
 先ほどとは打って変わって、いきいきとユキに質問を浴びせるトモ。質問内容は、どんな町に行ったかとか、食事はどうしてるのかとか、辛いこと、楽しいこと、細かく訊いてきた。
 ユキも、そんなトモに対して楽しげに答えた。
 歩いて旅をしていると答えたときには、大変じゃないかとか訊かれたが、ユキは意外とのんびりしてていいと思うし、町については、食料なんかを補給しただけでそこまで見て回らなかったこと、食事は保存食ばかりでおいしくないこと、砂漠の夕方の空のグラデーションの美しさや、移動のときの気温の厳しさなどを、事細かに答えていった。
 一つ一つの答えを、トモは食い入るように頭に刻んだ。ユキの答えた旅の内容一つ一つが、トモにとっては憧れの対象であり、興味深い事柄だった。
「すごい、やっぱ、すごいな」
 最後に、トモの口から出た言葉がそれだった。
 トモは、本気で感動していた。旅に出たい、心の中で飼っていたその思いはユキの話を聞くことで、抑えられないほどに大きなものになった。
「じゃぁ、僕と一緒に旅に出る?」
 トモが、はっと顔を上げる。ユキも、思わずついて出た言葉に自分の事ながら驚いた。
「いいのか?」
「えと、あの、うん。君さえよければ。ただ……」
 ユキは、そこまで言って言葉を濁した。
 最初から、一緒に旅に出てくれるよう頼むつもりではあったのだけれども、ユキの旅の目的は特殊なものだ。そうたやすく他人を巻き込んでいいものではなかった。
 話を聞く限り、トモの懐いているのは普通の旅への憧れ。ユキのしている旅とは大きく違っている旅への憧れだ。
 もう少し様子を見てからにしようと、ユキは今度はトモの話を聞くことにした。
「ただ、今度はトモのこととか聞かせてくれないかな? ねぇ、自警団をやってるっていってたけど、実際、その自警団ってどんなものなの?」
「ん、あぁ。そうだな。俺の育ての親がもともと作った有志による自警団なんだけどさ」
 そういって、トモはこの町の仕組みについて話し始めた。
 ルフィルスタウンは、大きく裏通りと表通りに分かれるのはすぐわかることだと思う。ただ、裏通りと表通りの間に一切交流がない訳ではなく、町の表の姿と裏の姿として共存している。しかし、当然問題も起こる。そんな問題解決を中心にやっているのが、裏通りのいくつかの荒くれのグループと表通りの有志の若者とトモとニードからなる、自警団ヴァンパイアである。
 裏通りのものが担当するのは、他の町の犯罪者がこの町に来たときに何か事件を起こしたときの逮捕活動で、トモが指揮を執っている。表通りのものが担当するのは、旅人の表通りでの安全の確保や町の案内、裏通りに住む老人や捨て子のケアなどで、こちらはニードが指揮を取っている。と、トモはここまで説明した。
「はい、質問」
 ユキが手を上げて、質問する。
「はい、なんだ?」
「ニードって誰? それで、何でトモと、そのニードって人が指揮を取ってるの?」
「あぁ、それは、そもそもこの仕組みを作ったのが俺とニードの育ての親なんだ。ニードとは一緒に育ったからまぁ、兄みたいなもん。今も、一緒に住んでる。だから、俺とニードが指揮を取ってるわけ」
 それでも、疑問は残る。それなら何故、その育ての親が指揮を取らないのか。
 きいてはいけないような気もしたが、ユキは訊かずにはいられなかった。
「その、育ての親って……」
 答えは、ユキが予想していた通りだった。
「俺、血の繋がったやつがいないんだよ。ニードとも、血が繋がってない。拾われたんだ。ニードと一緒に。詳しくは教えてもらえないんだけどさ。そんで、その育ての親なら、死んだよ。4年前だ」
 トモはそっけなく答えたが、その声には少し寂しさが混じっているように思えた。
「そっか、ごめん。訊かない方がよかったね」
「いや、平気。それで、その、ニードがこれまた変な奴なんだよ。血が繋がってないって知ったのは父さん、俺たちの育ての親が死んだときなんだけどさ。ニードは知ってたんだよ。何で知ってたのかは、やっぱ教えてくれねぇんだ。いっつも大事なとこばっか隠して、そのくせ兄貴面しやがるんだ」
 不満そうな顔をして、ニードのことを語るトモは、言葉とは裏腹に少し楽しそうだった。
「ニードさんって、具体的にどんな人なの?」
「んー、とにかく、隠し事ばっかで兄貴面するやな奴だな。そんで、昼間は外に出られねぇんだ。神の愛子だから」
「神の愛子……」
 ユキは、呟いた。
 どうりで、トモが旅に出るのを躊躇うはずだ。
 神の愛子。この砂漠に住むものにとってはあまり聞かないが、誰でも知っている言葉。この言葉が指す意味は、アルビノ。
 短命で、色素が薄いため昼間は外に出られない。そのため、ここ、リシギア砂漠では、神様に愛されているからすぐに神の元へ召されると考えられ、神の愛子と呼ばれている。
 その上、ある地方では、神の愛子を神様が早く手元に戻したいが故に、神の愛子の周りでは災害が起こるとの伝承があるところもある。なんにせよ、歓迎されたものではない。ニードの銀髪は、その所為だった。
 それに、昼間外に出れないということは、買い物やその他もろもろができないことになる。誰か、一緒に住む人が必要になるだろう。
 トモの葛藤は、ここから始まっていた。