第二章 飛竜

 次にユキが目を覚ました時、時刻は夜明け前で外はまだ薄暗いままだった。ふと、隣を見れば見慣れた緋色がまだ寝ていた。おなかはすいているが、財布はトモが持ったままだし、そもそもこの時間じゃどの店もやっていないだろう。やっていたとしても一人で出かけたらまず帰ってこれない。そういえば、同室者はどうしたのかと、向かい側を見ても仕切りのカーテンが揺れるばかり。
 じきに夜が開け町も騒がしくなり、トモも起きるのだろうが、それまでが如何せんヒマすぎる。ユキはふてくされてベッドに倒れこんだ。このままもう一度眠ろうと思ったところで、ドアが勢いよく開けられ、遠慮の無い足音と共に怒鳴り声が飛び込んできた。
「なんなんだよ一体……」
 その騒音にトモも起きたらしい。何時もより低い不機嫌な声を発してのそりと起き上がる。その機嫌の悪さと言ったら、ユキの挨拶を華麗に無視してそのままカーテンの方に歩み寄り、遠慮も無くカーテンを開けたほどだ。と言うか、纏っている空気がすでに怖い。
 その間にも同室者の声は続いている。声質からして若い男女のようだ。
「おい」
 そこまで大きくもない普通の声なのにも関わらず、トモの声は男女二人の声を突き破って部屋に響く。仕切りの隙間から、紫の長い髪と紫の瞳を持った耳が不自然に長い女性と、オレンジ色の髪とこげ茶色の瞳を持った男性がみえた。男性はともかく、女性の方は魔術師だろうとユキは確信した。オレンジの髪やこげ茶色の瞳なら神の愛子で時々聞くが、紫の髪と瞳などどう足掻いても人間の持つ色ではない。まして、あれだけ長く尖がった耳を持つなんてありえない。
 トモに気付いた男性は、すぐに謝ってきた。
「早朝からお騒がせして申し訳ない。ほら、ライール謝れ」
 ライールと呼ばれた紫の髪と瞳をした女性は、男の言葉にい瞬きょとんとしたがトモをみて顔を赤らめた。
「ごめんなさい。相部屋と言うことを忘れてたわ」
 伏せ目がちに謝るその様子を見てトモの腹の虫もいくらか収まったのか、満足気にうなずくとさっさとベッドに戻ってしまった。どうやらまだ眠いらしい。そういえば、ルフィルスタウンにいた頃、トモは朝は遅かったと聞いた様な気がする。
 トモがベッドにもぐりこんだところで、二人はユキの存在にも気が付いたようだ。
「貴方の連れ、凄い迫力ね」
 複雑な表情で笑いながらライールが話しかけていたが、ユキはなんだか気恥ずかしく、頷いただけだった。ライールはユキのそのパッとしない反応が不満らしく、少しむっとしたようだった。
「煩くしちゃったのは謝るわ。けど、同室なんだし、仲良くしましょ? 私はライールよ。そしてあっちがシャクス」
「僕はユキ。そういえば、何で騒いでたの?」
 失礼だと分かってはいたが、差し出された手をユキは握り返さなかった。初対面の魔術師には気をつけろと散々クェルツェルに言われたのだ。しかし、ライールはすっかり気を悪くしたようで、黙り込んでしまう。代わりにシャクスと呼ばれたオレンジ色の髪の男性がその質問に答えてくれた。
「ちょっと連れが見つからなくてな。ユキちゃんだっけ。水色の髪と緑の瞳をした少年を見かけなかったか? 俺らの連れなんだけど、昨日からはぐれちゃったんだ。探したんだけど見つからなくて、おかげでこいつは荒れるし連れは心配だしで困ってるんだ」
「それなら、昨日の昼ごろ見かけた気がする」
 二人が探している少年は、昨日自分達を見つめていたあの少年で間違いないだろうとユキは思った。正直、あまり係わり合いになりたくない。トモがしばらく起きる気配がない以上、自分もさっさと寝てしまいたかったが、ライールがそれを許してくれなかった。
「それだけ? ていうか、まだ若すぎる女の子二人で旅してるなんて訳有り?」
 真っ直ぐに見つめられ、ユキは少し身じろぐ。
「あまり、同室者のプライベートに踏み入るのは感心しませんね」
 ようやくそれだけ返すとユキはカーテンを急いで締めてさっさとベッドにもぐりこんでしまった。
 トモの緋色の髪にも瞳にも、特別な感情は懐かなかったが、あの紫の瞳は何故だか酷く不愉快だった。
 しばらく、二人の会話が続いていたがすぐにそれも無くなって、静かな砂漠の朝が戻ってきた。それと同時にユキの退屈な時間も戻ってきた。
「しまった、ヒマだ」
 寝付けない、出歩けない。その状況を思い出したユキは呆然と呟くのみだった。トモが起きる気配はまだ無い。夜が明ける気配もまた、しばらくこなかった。