第二章 飛竜
トモが目を覚ましたのは、もう陽も高く上ってからのことだった。久々のベッドでの充分な睡眠に体の疲れは取れ、気持ちの良い朝を迎えた。少し寝すぎた気もするが、この際、気にしないことにする。
朝食をとろうと、ユキのほうを向き、トモは固まった。
ベッドにうずくまったまま、お腹がすいたと何かを呪うように呟くユキの姿がそこにあったのだ。周りには負のオーラが漂い、なんとも近づきがたい雰囲気をかもしだしている。さすがのトモですら、声をかけるのを躊躇ったほどだ。しかし、ほおっておくわけにも行かないので、すべての勇気を振り絞ってトモはユキに声をかけようとした。
「ユ……うおっ?!」
が、しかし、声をかけるまでもなく、トモが起きた気配にユキが気づき首がもげるのではないかと言う勢いでトモのほうを向いた。その顔は恐ろしく疲れている。むしろ飢えている。と言うか、怖い。とりあえず、空腹に必死で耐えていたということだけは一目で分かった。
「悪い。飯待たせちまったな、行くぞ」
ユキは無言で頷いた。ご飯にありつけるというのに無言と言う所がまた怖い。ユキにフードをかぶりなおさせて、自分も身支度を急いで整えて食堂へと向かった。
「生き返ったー!」
大分遅い朝食を食べ終わった頃には、ユキも元に戻っていた。ユキは食堂に着くなりおよそ二人前の食事をトモよりもすばやく食べた。あまりのその勢いのよさにトモを含め、食堂の全員の注目を集めていた。食べ終わった後のユキの、死ぬかと思ったという発言にトモは苦笑を漏らす他なかった。冗談とも、大げさとも思えない。
そのうち、呆然とユキの食べっぷりを見ていた人々が周りに集まってきて次々にユキの食べっぷりのよさを褒め始めた。昨日、歌と舞を披露した時も思ったが、この町の人々は賑やかなことが好きらしい。トモは早速打ち解けて、近くの町の情報などを仕入れに入っている。こういうのを見ると、ちょっと勇気を出してトモに会いに行ってよかったとユキは思う。自分は内向的とまでは行かないが、トモのように颯爽と打ち解けて情報を仕入れたりすることはできない。
冗談も交えながら世間話に興じているトモたちを遠巻きに見つつ、ふと、ユキはライールたちの連れだと言う青い髪の少年のことを思った。別に、同室になったあの独特な二人を助けようと思ったわけではなく、好奇心からユキは少年のことを尋ねてみた。
やはり、青い髪に翡翠の瞳の少年は目立っていたのだろう。目撃情報は多かった。
リシギアに住む人々は、基本的に黒い髪と瞳をしている。それ以外は、ユキのように魔のモノとの契約を犯したした魔術師だとみなされるのが一般的だ。もちろん、トモやニードといった例外も存在する。ユキは、トモの指に光る指輪を見て、あの三人はその例外か、それとも魔術師かとぼんやり考えた。トモがつけている指輪は、生まれつき人と違う色素を持って生まれてしまったものが、国家公認の魔法使いに依頼し、真のモノとの契約を犯していないことを証明してもらったときに、貰う物だった。コレをつけていれば、万が一魔術師と勘違いされて通報されても、すぐに釈放される。
さっき会った時には、ライールとシャクスのどちらにも指輪らしきものは見当たらなかった。ならばやはり魔術師なのだろうか。そう考えるのが無難なのだが、ユキは一つの仮説を立ててみた。
ライールたち三人が、もし、リシギア砂漠の外から来たのだとしたら。
それならば、魔術師でなくとも、黒髪に黒い瞳をしていないのも分かる気がするし、魔術師だとしてもこの国で魔のモノとの契約が認められていないことを知らない可能性も出てくる。
しかし、ユキはリシギア砂漠の外に他の世界が広がっているなどと言うことは聞いたことが無かった。西には海があり、北には山が聳え立ち、東には森が生い茂り、南には向こう岸の見えぬ川が流れているが、その向こうから人がきたという話を聞いたことなどなかったし、その向こうがどうなっているのかユキは知らない。知らないというより、無い、らしい。昔、聞いた話をユキは反復してみた。リシギア砂漠は残された世界。海の向こうも、山の向こうも、森の向こうも、川の向こうも存在しない。今まで、その話に疑問などユキは懐いたことはなかったが、ライールたちと出会ってその話に疑問を憶えた。
よくよく考えてみればおかしいじゃないか。誰かが外に出て二度と帰ってこなかったという話があってもおかしくは無いのに、そんな話は一度も聞いたことはない。そこまで思考が辿りついた時、ユキは背筋に何か寒いものが走るような思いがした。
もし、誰かの策略で国民全員がリシギア砂漠の外は無い、と信じ込まされてるのだとしたら? 誰かによって意図的に砂漠に閉じ込められているのだとしたら?
可笑しな話だとユキは自分でも思った。誰が何のために、何のメリットがあってそんなことをするのだろうか、馬鹿馬鹿しい。そうは思っていても、胸に巣食う不安にも似た猜疑心は消えなかった。
「ユキ? さっきから黙ってどうしたんだ?」
考え込んで、ずっと黙っていたユキを不思議に思ったのだろう。トモが少々怪訝な顔をしてユキに尋ねてきた。
「いや、ちょっと考え事をしててね……お昼何食べようか凄く悩んでた」
一瞬ユキは、胸に巣食った疑問をトモにぶつけてみようかとも思ったが馬鹿にされるのは目に見えているので言わないことにした。
トモはそれに気付かなかったらしく、心のそこからあきれた表情をして、周りの人々は笑っていた。深く突っ込まれなかったことは良いのだが、ちょっと無理があるかと思っていた嘘をすんなり受け入れられてしまうと、それはそれで納得行かないものがあるのだとユキは複雑な気持ちになった。
朝食をとろうと、ユキのほうを向き、トモは固まった。
ベッドにうずくまったまま、お腹がすいたと何かを呪うように呟くユキの姿がそこにあったのだ。周りには負のオーラが漂い、なんとも近づきがたい雰囲気をかもしだしている。さすがのトモですら、声をかけるのを躊躇ったほどだ。しかし、ほおっておくわけにも行かないので、すべての勇気を振り絞ってトモはユキに声をかけようとした。
「ユ……うおっ?!」
が、しかし、声をかけるまでもなく、トモが起きた気配にユキが気づき首がもげるのではないかと言う勢いでトモのほうを向いた。その顔は恐ろしく疲れている。むしろ飢えている。と言うか、怖い。とりあえず、空腹に必死で耐えていたということだけは一目で分かった。
「悪い。飯待たせちまったな、行くぞ」
ユキは無言で頷いた。ご飯にありつけるというのに無言と言う所がまた怖い。ユキにフードをかぶりなおさせて、自分も身支度を急いで整えて食堂へと向かった。
「生き返ったー!」
大分遅い朝食を食べ終わった頃には、ユキも元に戻っていた。ユキは食堂に着くなりおよそ二人前の食事をトモよりもすばやく食べた。あまりのその勢いのよさにトモを含め、食堂の全員の注目を集めていた。食べ終わった後のユキの、死ぬかと思ったという発言にトモは苦笑を漏らす他なかった。冗談とも、大げさとも思えない。
そのうち、呆然とユキの食べっぷりを見ていた人々が周りに集まってきて次々にユキの食べっぷりのよさを褒め始めた。昨日、歌と舞を披露した時も思ったが、この町の人々は賑やかなことが好きらしい。トモは早速打ち解けて、近くの町の情報などを仕入れに入っている。こういうのを見ると、ちょっと勇気を出してトモに会いに行ってよかったとユキは思う。自分は内向的とまでは行かないが、トモのように颯爽と打ち解けて情報を仕入れたりすることはできない。
冗談も交えながら世間話に興じているトモたちを遠巻きに見つつ、ふと、ユキはライールたちの連れだと言う青い髪の少年のことを思った。別に、同室になったあの独特な二人を助けようと思ったわけではなく、好奇心からユキは少年のことを尋ねてみた。
やはり、青い髪に翡翠の瞳の少年は目立っていたのだろう。目撃情報は多かった。
リシギアに住む人々は、基本的に黒い髪と瞳をしている。それ以外は、ユキのように魔のモノとの契約を犯したした魔術師だとみなされるのが一般的だ。もちろん、トモやニードといった例外も存在する。ユキは、トモの指に光る指輪を見て、あの三人はその例外か、それとも魔術師かとぼんやり考えた。トモがつけている指輪は、生まれつき人と違う色素を持って生まれてしまったものが、国家公認の魔法使いに依頼し、真のモノとの契約を犯していないことを証明してもらったときに、貰う物だった。コレをつけていれば、万が一魔術師と勘違いされて通報されても、すぐに釈放される。
さっき会った時には、ライールとシャクスのどちらにも指輪らしきものは見当たらなかった。ならばやはり魔術師なのだろうか。そう考えるのが無難なのだが、ユキは一つの仮説を立ててみた。
ライールたち三人が、もし、リシギア砂漠の外から来たのだとしたら。
それならば、魔術師でなくとも、黒髪に黒い瞳をしていないのも分かる気がするし、魔術師だとしてもこの国で魔のモノとの契約が認められていないことを知らない可能性も出てくる。
しかし、ユキはリシギア砂漠の外に他の世界が広がっているなどと言うことは聞いたことが無かった。西には海があり、北には山が聳え立ち、東には森が生い茂り、南には向こう岸の見えぬ川が流れているが、その向こうから人がきたという話を聞いたことなどなかったし、その向こうがどうなっているのかユキは知らない。知らないというより、無い、らしい。昔、聞いた話をユキは反復してみた。リシギア砂漠は残された世界。海の向こうも、山の向こうも、森の向こうも、川の向こうも存在しない。今まで、その話に疑問などユキは懐いたことはなかったが、ライールたちと出会ってその話に疑問を憶えた。
よくよく考えてみればおかしいじゃないか。誰かが外に出て二度と帰ってこなかったという話があってもおかしくは無いのに、そんな話は一度も聞いたことはない。そこまで思考が辿りついた時、ユキは背筋に何か寒いものが走るような思いがした。
もし、誰かの策略で国民全員がリシギア砂漠の外は無い、と信じ込まされてるのだとしたら? 誰かによって意図的に砂漠に閉じ込められているのだとしたら?
可笑しな話だとユキは自分でも思った。誰が何のために、何のメリットがあってそんなことをするのだろうか、馬鹿馬鹿しい。そうは思っていても、胸に巣食う不安にも似た猜疑心は消えなかった。
「ユキ? さっきから黙ってどうしたんだ?」
考え込んで、ずっと黙っていたユキを不思議に思ったのだろう。トモが少々怪訝な顔をしてユキに尋ねてきた。
「いや、ちょっと考え事をしててね……お昼何食べようか凄く悩んでた」
一瞬ユキは、胸に巣食った疑問をトモにぶつけてみようかとも思ったが馬鹿にされるのは目に見えているので言わないことにした。
トモはそれに気付かなかったらしく、心のそこからあきれた表情をして、周りの人々は笑っていた。深く突っ込まれなかったことは良いのだが、ちょっと無理があるかと思っていた嘘をすんなり受け入れられてしまうと、それはそれで納得行かないものがあるのだとユキは複雑な気持ちになった。