第二章 飛竜

ふわふわと嬉しそうに、幸せそうに微笑み続けるこの少年と、慣れない響きを持つ言葉。すべてを失ったあの日から、ユキはとても多くの不思議な事柄に出会ってきた。しかし、そのどれとも違う感覚。強いて言うならば、自身がウィザードになった時の感覚に近いか。
まるで、世界と言う名のパズルに無理やりピースを当てはめてしまったかのような違和感、窮屈さ、強制感がユキを襲う。もっと違う何かがあるはずなのに、それが分からない、見つからない。
思考の波に飲まれるユキに少年はまた、声をかけた。
「君は?」
ごく自然に発せられた言葉なのに、意図が掴めない。思わず、眉をひそめ首をかしげてしまったユキにもう一度少年は声をかける。
「名前、君の……。飛竜、僕、君は?」
拙く、要領を得ない話し方だったが、付け加えられた言葉にユキは今までの会話の流れを思い出し、ようやく、少年が何を言いたいのかを理解した。
「ひりゅう、って君の名前か! あぁ、わかった、そうか! 僕の名前はユキ、ユキだよ!」
やっとのことで成立した会話にユキは少し感動した。
飛竜という名の少年は、意思の疎通に成功してはしゃぐユキを眺め微笑みを浮かべたまま目を閉じ、また開けた。
「ここにいたのか、ユキ!」
飛竜の視線の先には、トモがいた。緋色の髪をなびかせ、こちらに駆けてくる。若干息が上がっていたり、汗だくになってることから恐らく、ユキとはぐれたことに気付き、必死で探していたのだろう。
「よかった、ね?」
トモと合流できた安心感から満面の笑みを浮かべていたユキに飛竜が優しく声をかけた。ユキは大きく頷くことでそれに応える。
すっと、思考がクリアになり冷静になる自分をユキは感じた。
「あ、れ……?」
そして、もう一度飛竜をまじまじと見る。水色の髪に翡翠色の瞳、希有な美しさを持つ顔は間違いなく昨日、自分たちの舞を見ていた少年である。そして、早朝にユキは宿で同じ部屋になった彼らと自分がどんな会話を交したかを思い出した。
「同室のっ、連れーっ!!」
思わず叫べば、飛竜もトモも町を行き交う人々もユキを何事かと凝視する。その視線を感じながらもユキは構わず飛竜に掴み掛かるように手を握った。町の人の視線はすぐにそらされたが、いきなり手を勢い良く握られた飛竜は怯え、状況の掴めないトモは若干ひいている。
「トモっ! ライールとシャクス……同室の人が捜してた連れって飛竜のことだよ! 間違いないっ!」
「まず情報を整理してくれ」
やったぜー、とはしゃぐユキにトモは額に手を当て、ため息交じりに言うのだった。そんな対照的な二人の反応に飛竜はとうとう、クスクスと笑い声をもらす。
「で、ユキ、コイツがなんだって?」
 必死で探した結果故か、トモは若干イラついている様でいつもより声が低い。それに気付いたユキは一気に冷静になった。
「あぁごめん。ちょっともやもやが一気に解決したから……。あのね、宿屋の同室の二人にはもう一人連れがいるらしくてね、今朝もその連れを探してたんだって。その話は、ご飯食べた時にしたよね? で、どうやらこの人……飛竜がその連れらしいんだ」
 情報を整理して話す、ということがかなり苦手なユキは先ほどとは打って変わって言葉を選びながらゆっくり話した。トモはそれを頷きながら聞き、最終的に、成程、と納得をしたようだ。