第二章 飛竜
「つまり、お前は迷子なんだな?」
トモが一応、飛竜に確認をとる。飛竜はその問い掛けに一度だけ首を縦に振った。
「で、お前の連れは紫の髪の女とオレンジの髪の男で間違いないんだな?」
もう一度、飛竜は首を縦に振る。それを確認すると、トモはユキの方に振り返った。
「で、こいつの名前は飛竜で間違いないんだな」
「うん。間違いないはず」
ユキにも確認をとり、ようやくトモの情報整理が終わったようだ。面倒くさそうに頭を掻き、飛竜を眺めている。おそらく、どうやったら同室のあの二人に絡まれずに飛竜を引き渡せるか考えているのだろうな、とユキは思った。
「飛竜。……君は?」
前ふりもなく、飛竜はトモの服の裾をつかみ、そう問い掛けた。ユキはその言い回しに覚えがあったが、トモには無いはずだ。きっと飛竜が何を言っているのかトモには分からないのだろうと予想し、ユキは口が笑みの形をかたどるのを感じつつも、トモの反応をうかがったのだが。
「あ、オレ? トモだけど」
予想に反し、あっさりと返される言葉にユキは耳を疑った。しかも、交わされる会話はそれだけに留まらない。
「トモ?」
「そ。呼び捨てでかまわねーぞ」
「そう。シャクとライ、会いたくて」
その飛竜の言葉にトモは若干眉を潜め、飛竜の目をじっと見ていたが、やがて諦めたように目を閉じた。
「わかった。どうせ同室だしな。ユキ、一回宿に……ってどうした?」
指摘され、ユキは口を開けたまま呆然としてたことにようやく気付く。先程まで、二人の間で交わされていた会話がなぜ成立していたのかが、分からない。
「え、トモ、飛竜が言ってること理解できるの? なんで?!」
信じられない、とユキは叫びたかった。そして、トモはそんなユキに少しきょとんとしたあと、にっと笑った。
「オレはお前じゃないからな」
「どういう意味なの、それ」
その返答は帰ってこず、代わりに右手を握られる。隣には、同じようにトモにてを握られている飛竜。
「これで、はぐれないだろ?」
きゅっと握られる感覚に、安心感をユキは覚えた。ユキからもぎゅっと握り返して隣の飛竜を見やる。それで、先程からずっと笑顔の飛竜にようやくユキは微笑み返すことができたのだ。
先程までは着いていくことのできなかった人混みも、しっかり繋がれた手とゆっくりとした速度のおかげで比較的歩きやすい。屋台の商品を横目で見る余裕も出来た。立ち並ぶ品々に、ユキは後でまたゆっくり見に来ようと決めた。飛竜も、おそらく、人混みに慣れずに商品を見れなかったのだろう。忙しなく顔を左右に動かし、楽しそうにしている。
ふいに、人混みの中の圧力から解放された。視線をトモの向こうにやれば、すぐに宿を見つけることができた。
「飛竜、多分ここにお前の連れがいるはずだ」
こくり、と飛竜は首を縦に振る。これで一安心だと、よかったねと、ユキは飛竜に声をかけようと思い、意外なものを見た。
今までずっと、笑顔を崩さなかった飛竜の表情が少し陰っているのだ。どうしたのかと思わず問えば、うつむき黙ってしまう。トモも、その反応が少なからず意外だったようで不思議そうに飛竜をみやっていた。
「お前、実は迷子じゃなくて、家出か?」
トモの問いに、飛竜は今度は首を横に振った。飛竜の方がトモよりも背が高いのだが、トモが少し見上げる形で世話を焼く様は少々面白いものがある。しかし、今はそれを笑う時ではないと思い、ユキは飛竜を見やる。
ふいに、飛竜が寂しくて、と呟いた。
ぽつりと落とされたその呟きは小さくて、弱々しい。不思議な感覚だった。合って間もない、おそらく、自分よりも歳上であろうこの儚いこの少年をほうっておけないのだ。守ってやりたかった。
少し屈んで、飛竜の翡翠色の瞳を覗き込む。ユキの漆黒の左目と飛竜の目がしっかりとかち合った。その瞬間、ぼんやりとしていた飛竜の目に確かな意志の瞳が灯った。光が射したわけでもないのに一気に増した深みに怯む。ユキの肩を掴み、先程までの彼からは想像出来ない必死さで彼は言うのだ。
「クェルツェルに、会わなきゃ」
思わずユキは耳を疑った。飛竜が放ったそれは、確かにユキの契約主の名前。自分以外に知る者の無いはずの存在の名であった。
「クェルを、知ってるの?」
首を横に振り、飛竜はなおも続ける。
「会わなきゃ。二人は知らない。二人は会えない。でも、会わなきゃ……!」
咄嗟にユキはトモに助けを求めるが、今度はトモも飛竜の意図が読み取れないようだ。完全に困惑した表情を浮かべている。
「とりあえず、お前の連れのとこに行こう」
「だっ、だめ!」
泣きそうな声で、飛竜が否定の声を上げる。いきなり豹変した様子に、ユキもトモも動揺を隠せないままどうしたらいいのか分からない。
「行かなきゃ、けど、きっと今このままじゃなくちゃライが泣くの。会ったら戻りたくなるの。僕はここにいなきゃ、けど」
「会いたくないのか?」
取り乱す飛竜にトモが簡潔に尋ねる。それに頷く飛竜の先に、ライールとシャクスがいることにユキは気が付いてしまった。
トモが一応、飛竜に確認をとる。飛竜はその問い掛けに一度だけ首を縦に振った。
「で、お前の連れは紫の髪の女とオレンジの髪の男で間違いないんだな?」
もう一度、飛竜は首を縦に振る。それを確認すると、トモはユキの方に振り返った。
「で、こいつの名前は飛竜で間違いないんだな」
「うん。間違いないはず」
ユキにも確認をとり、ようやくトモの情報整理が終わったようだ。面倒くさそうに頭を掻き、飛竜を眺めている。おそらく、どうやったら同室のあの二人に絡まれずに飛竜を引き渡せるか考えているのだろうな、とユキは思った。
「飛竜。……君は?」
前ふりもなく、飛竜はトモの服の裾をつかみ、そう問い掛けた。ユキはその言い回しに覚えがあったが、トモには無いはずだ。きっと飛竜が何を言っているのかトモには分からないのだろうと予想し、ユキは口が笑みの形をかたどるのを感じつつも、トモの反応をうかがったのだが。
「あ、オレ? トモだけど」
予想に反し、あっさりと返される言葉にユキは耳を疑った。しかも、交わされる会話はそれだけに留まらない。
「トモ?」
「そ。呼び捨てでかまわねーぞ」
「そう。シャクとライ、会いたくて」
その飛竜の言葉にトモは若干眉を潜め、飛竜の目をじっと見ていたが、やがて諦めたように目を閉じた。
「わかった。どうせ同室だしな。ユキ、一回宿に……ってどうした?」
指摘され、ユキは口を開けたまま呆然としてたことにようやく気付く。先程まで、二人の間で交わされていた会話がなぜ成立していたのかが、分からない。
「え、トモ、飛竜が言ってること理解できるの? なんで?!」
信じられない、とユキは叫びたかった。そして、トモはそんなユキに少しきょとんとしたあと、にっと笑った。
「オレはお前じゃないからな」
「どういう意味なの、それ」
その返答は帰ってこず、代わりに右手を握られる。隣には、同じようにトモにてを握られている飛竜。
「これで、はぐれないだろ?」
きゅっと握られる感覚に、安心感をユキは覚えた。ユキからもぎゅっと握り返して隣の飛竜を見やる。それで、先程からずっと笑顔の飛竜にようやくユキは微笑み返すことができたのだ。
先程までは着いていくことのできなかった人混みも、しっかり繋がれた手とゆっくりとした速度のおかげで比較的歩きやすい。屋台の商品を横目で見る余裕も出来た。立ち並ぶ品々に、ユキは後でまたゆっくり見に来ようと決めた。飛竜も、おそらく、人混みに慣れずに商品を見れなかったのだろう。忙しなく顔を左右に動かし、楽しそうにしている。
ふいに、人混みの中の圧力から解放された。視線をトモの向こうにやれば、すぐに宿を見つけることができた。
「飛竜、多分ここにお前の連れがいるはずだ」
こくり、と飛竜は首を縦に振る。これで一安心だと、よかったねと、ユキは飛竜に声をかけようと思い、意外なものを見た。
今までずっと、笑顔を崩さなかった飛竜の表情が少し陰っているのだ。どうしたのかと思わず問えば、うつむき黙ってしまう。トモも、その反応が少なからず意外だったようで不思議そうに飛竜をみやっていた。
「お前、実は迷子じゃなくて、家出か?」
トモの問いに、飛竜は今度は首を横に振った。飛竜の方がトモよりも背が高いのだが、トモが少し見上げる形で世話を焼く様は少々面白いものがある。しかし、今はそれを笑う時ではないと思い、ユキは飛竜を見やる。
ふいに、飛竜が寂しくて、と呟いた。
ぽつりと落とされたその呟きは小さくて、弱々しい。不思議な感覚だった。合って間もない、おそらく、自分よりも歳上であろうこの儚いこの少年をほうっておけないのだ。守ってやりたかった。
少し屈んで、飛竜の翡翠色の瞳を覗き込む。ユキの漆黒の左目と飛竜の目がしっかりとかち合った。その瞬間、ぼんやりとしていた飛竜の目に確かな意志の瞳が灯った。光が射したわけでもないのに一気に増した深みに怯む。ユキの肩を掴み、先程までの彼からは想像出来ない必死さで彼は言うのだ。
「クェルツェルに、会わなきゃ」
思わずユキは耳を疑った。飛竜が放ったそれは、確かにユキの契約主の名前。自分以外に知る者の無いはずの存在の名であった。
「クェルを、知ってるの?」
首を横に振り、飛竜はなおも続ける。
「会わなきゃ。二人は知らない。二人は会えない。でも、会わなきゃ……!」
咄嗟にユキはトモに助けを求めるが、今度はトモも飛竜の意図が読み取れないようだ。完全に困惑した表情を浮かべている。
「とりあえず、お前の連れのとこに行こう」
「だっ、だめ!」
泣きそうな声で、飛竜が否定の声を上げる。いきなり豹変した様子に、ユキもトモも動揺を隠せないままどうしたらいいのか分からない。
「行かなきゃ、けど、きっと今このままじゃなくちゃライが泣くの。会ったら戻りたくなるの。僕はここにいなきゃ、けど」
「会いたくないのか?」
取り乱す飛竜にトモが簡潔に尋ねる。それに頷く飛竜の先に、ライールとシャクスがいることにユキは気が付いてしまった。