第二章 飛竜

 無意識のうちに漏れていた声に、トモと飛竜もライールとシャクスの存在に気が付く。向こうもこちらに気が付いたようで、笑顔を向けてきた。対照的に暗くなる飛竜の表情が苦しい。
「飛竜……!」
 駆け寄り、飛竜を抱き締めるライールに、ユキもトモも声をかけられずにいた。
「連れてきてくれたのか」
 安心した表情のシャクスにユキは頷きしか返せなかった。
「あぁ、こいつが迷子になったついでに一人でいるところを保護させてもらった。無事でよかったな」
 そんなユキの代わりに、トモが事情を説明した。流石はルフィルスの自警団、困惑を振り払い簡潔に述べる。何度も礼を言うシャクスと、飛竜を抱き締めるライールを交互に見やり、最後にユキは飛竜と目が合った。強い意志の光はもう消えて、代わりに戸惑いと悲しみの色が見えた。あの笑顔もない。
「困ったときはお互い様だろ。……ユキ、行こう」
 さらりと言ってトモが有無を言わせずユキの腕を市場の方へ引いていく。後ろを振り替えれば、ライールと目が合った。
「ありがとう」
 その、綺麗な笑顔と安心したような声にユキは笑い返すことができなかった。
 また、人混みに飲まれる。その道中で焼いた生地に具を挟んだ食べ物を買った。それから、開けた場所でそれを食べる。ユキとトモの間に会話は無い。それが余計に先程までの流れを思い出させてしまう。
「なんだったんだろうね」
「さぁな」
 最後のひとかけらを咀嚼し、飲み込んだ。トモも心なしか集中力に欠けているように思う。
「飛竜が、クェルツェルって言ってたじゃん。あれ、僕の契約主なんだよね」
「……なんだって」
 なんとはなしに言ってみれば、トモが思いの外真剣な口調で聞き返してきた。
「だから、飛竜がクェルツェルっつてたじゃんか。それが、僕と契約を結んでいる魔のモノの名前と同じだったんだ。クェルは、ちょっと特殊な存在だからその存在を知ってる人なんていないはずだからね、ちょっと気になって」
 真剣なトモの表情に、ユキもだんだんと冷静になっていく。自分の契約主の他にクェルツェルというモノが在るとは思えない。彼が普通の人だとは思えないが、普通じゃない人だって知るはずの無い名なのだ。
「やっぱ、あいつらもウィザードだったのか」
 トモはそう結論づけたが、ユキのなかの疑問は消えなかった。クェルツェルは、数多くの魔のモノの中でも特殊な存在だった。この世界のモノではない、と自ら名乗ったあの奇妙な獣の姿を思い出す。
 もし、とユキは考えた。もし、飛竜もこの世界の人で無いとしたら。何か大きな流れの最中に自分たちは投げ込まれたのでは、と。それに、ユキは飛竜たち三人がウィザードだとは思えなかった。もっと別の、上手くは言えないが、漠然としたもっと別の何かだと自分の勘がそう訴える。何より、綺麗な笑顔に抱かれる、哀しげな表情の美しい少年の姿が頭から離れない。彼が悲しむのは何故かとても嫌だった。
「ねぇ、トモ。何で飛竜はライールとシャクスに会いたくなかったんだろうね」
「さぁな。オレらの知るとこじゃないだろう」
 トモも、すでに食べおわったようで、特に何をするでもなく人通りを眺めていた。
 ふと、何かの視線に気付く。それは、とても多くの好奇の視線だった。その先には、鮮やかな緋色。風になびく髪と、ウィザードで無いことを示す王家の紋の入った指輪が砂漠の攻撃的な陽の光にキラキラと反射してとても綺麗だった。視線に一度気付いてしまうと、どうも居心地が悪い。ユキはなるべく人通りを見ないようにと心がけてみるが、うまくいかない。
 そして、気付いた。トモはこの視線に慣れてしまったのだと。その瞳にも、表情にも何も映してはいないが、心理の海の深いところには何があるのだろうかと考える。トモがそこに抱くものと飛竜が抱くものが、ユキは似ているように思った。そこに、理由も根拠も無いが、そうであるような気がしてならない。
 さっきから、どうも感覚だけで物事を考えているとユキは自身に呆れた。
「ユキ、そろそろ買うもん買うぞ」
 立ち上がり、トモが言う。ユキも立ち上がり、トモの手を取った。今度は、隣に飛竜がいない。たった一瞬であったはずなのに、飛竜がいないことに違和感があった。楽しいはずの買い物も、付き纏う思考のせいでまったく楽しめなかった。昨日のこともあり、途中で何度もトモが心配の声をかけてくれるのが申し訳ない。
「まだ、部屋にあいつらもいるだろうよ」
 あまりに上の空なユキに、とうとうあきれ果てたのであろうトモが言った言葉にユキは酷く安心する。
「そう、だよね」
 また会えるという事実がユキを前向きにさせた。